16.働きながら?/ 17.外郎売(ういろううり)

16.働きながら?
高校を卒業したら東京に行き、劇団に入って演技の勉強をしようと思っているのですが、それは働きながらでも続けられるものでしょうか?
個人によって違いはあると思いますが続けられると思います。

と言うよりも、ほとんどの人たちが働きながら続けています。

しかしその生活は決して楽なものではないということは覚悟しておいた方がいいと思います。

公演日や公演間近の何日かは仕事を休まなくてはいけなくなる事が多いので、そのことを会社側によく理解してもらわなくてはなりませんし、そうなるとなかなか正社員としては働きにくくなります。

社会からの風当たりが特にあるわけでなくても周りがどんどん俗に「ちゃんとした生活」といわれる状態に変化していくので、ふと急に「このままで大丈夫なんだろうか?」という不安に襲われることもあると思います。

養成所にいた頃、そこの先生だったかマネージャーだったかは記憶が定かではありませんが、「親のすねをかじられるのであれば、かじれるだけかじれ。」と言われたことがあります。

正直言って、演技の世界から離れる理由はお金や生活に支障が出ることによるものが実に多いからです。

親が援助してくれるというのなら、感謝してその言葉に甘えるのは気持ちに緩みが出ない限り決して軟弱とはいえないと思います。

質問の答え以外のことをいろいろ書いてしまいましたが、あなたはまだ高校生ですし、きっとこのような恐れとはまだ無縁だと思います。

逆にこのような恐れを今の時点から持っているようではこの世界で生きていくのは不向きです。

まるでキチガイのように演技に打ち込んでみることを願っています。

そうすればどんな形にしろ、必ず何かが見えてくるはずです。

健闘を祈っています。


17.外郎売(ういろううり)
現在ある養成所に通っているのですが、そこでここ数回「外郎売」の稽古をしています。発声と表現力の稽古だと講師の先生に言われたのですが、なんだかピン来ない気持ちが心のどこかにあってあまりやる気がおこりません。時代劇っぽいのがただ嫌なだけかもしれませんが・・・。
友人に聞くと「外郎売」は他の養成所でもほとんど行われていることなのですが、どんなことに注意して稽古をするべきなのでしょうか?
残念ながら、すべてのとはいえませんが、特にプロダクション系の大きな養成所では生徒が今やっている稽古の意味を熟知しないまま、ただ流れ作業的に稽古に時間を使い、その稽古そのものの習得が目標になってしまうケースが多いようです。これはとても残念なことです。

「外郎売」を稽古する場合、注意しなくてはいけない大切なポイントがあると感じています。

それは自分が言っている言葉の意味をちゃんとわかって演じるということです。

例え講師が発声・発音のための稽古だと言ったとしても、自分の言っている言葉がただの「音」になってしまうことは俳優にとって非常に危険なことだと私は思っています。

自分の感情や意志がない言葉はすでに自分の言葉ではありません。俳優は自分の言葉でない、意味のない音を話してはいけないのです。

言葉と自分の心理のかかわりを鈍くするような稽古はしてはいけません。それはあなたの言葉に対する感覚を鈍くしてしまうからです。

正直言うと、私は基礎のレッスンの時、この「外郎売」を使ったことは今までに一度もありません。これは自分自身の経験と効率を考えてのことです。

あなたのように時代劇っぽいのがあまり好きじゃないという生徒も多いですし、「基礎」という割には数百年も前の言葉の意味を理解し表現するエネルギーが膨大に必要になり、時間的な限界がある中、中途半端な完成度のまま終わってしまうことの方が多いと考えるからです。

とはいえ、これほど歴史のある教材として受け継がれてきた「外郎売」そのものが意味のない教材ということではありません。

やるからには言葉に対してちゃんとイメージを持ち、ただの暗唱にならないように気をつけるべきです。

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