11.演技に厚みがない/12.もったいぶった演技?/13.長ゼリが苦手/14.リスクを負った演技/15.役のキャラクター表現

11.演技に厚みがない
「演技に厚みがない」とか「演技に深みがない」と言われて悩んでいます。どうすればいいのかまったくわかりません。具体的な質問でないことは分かっているのですが何かアドバイスをお願いします。
人の気持ちには今の気持ちが暴走しないようにするためか、バランスを取るため、常に逆の感情が働いています。

例えば相手を愛する気持ちに対しては自分も同じように愛されたいという気持ち(欲望)が働きますし、相手に愛を告白する時は希望の裏に恐れが伴います。

それなのに多くの俳優は台本のセリフやト書きに書いてある気持ちを単純に受け入れすぎています。


例えば「彼は彼女に自分の気持ちを告白する。彼は彼女の答えを確信し、顔は自信に満ちている」というト書きがあったとしても生身の登場人物の心には多かれ少なかれ葛藤があるものです。
もしなければそのシーンはテンションがまったくない、きわめてストーリーを追うだけの説明的なシーンになってしまいます。

この説明は劇中で使う音楽を例にとると良くわかりやすいかもしれません。

恋人同士がものすごい剣幕で喧嘩し、ついに女性は部屋を出て行く。男性がドアを蹴り彼女を罵倒する言葉を叫ぶ中、優しく静かなバイオリンの音楽が流れる。

どういう効果があるかは想像してみてください。

このように俳優の気持ちにテンションがあるとストーリーに厚みや深みと言ったものが生まれます

人の気持ちと言うのは単純ではないのです。

もし単純な場合があったとしてもそれはわざわざ演劇として表わす価値のないものですからあなたの演技には常に逆の感情を含ませるべきです。

そうすればそこにテンションができ、「厚み」や「深み」が生まれるはずです。


12.もったいぶった演技? 
リアリズム的な演技の稽古で私の演技はいつも、「もったいぶった演技」だと注意されます。私自身はオーバーアクションな演技をしているつもりはないのですが、どんなことに注意したらいいでしょうか?
さすがにこれだけではアドバイスのしようがありませんでした。何度かのメールのやり取りの結果、相手の俳優とのセリフのやり取り時に「もったいぶった演技」と言われることが多いということがわかり、私なりのアドバイスを伝えることができました。

相手のセリフに対してセリフを返す場合、表情や体の動きによってリアクションを加えてから自分のセリフを言うこと、これは時として演技に効果的なアクセントを付け加えます。しかし多用すると実に間抜けで「もったいぶった演技」になります。

人間の頭は非常に回転が早く、通常は相手の言葉を聞きながら自分が返す言葉を考え、相手が言い終わるか終わらないうちに言葉を返していると言うのに、俳優は時々、自分の登場シーンをいかにも意味深げなシーンであるかのようにもったいぶって演じてしまいます。例えばこんな感じで。

「この計画が失敗したのは君のせいだよ!」
(眉間にしわを寄せ、見つめるリアクション)「どういうことだよ?」
「あたりまえだろ、わかんないのかよ!」
(首を振るリアクション)「本当にわかんないんだ」

あなたの癖は何もリアリズム演技だけに限るものではないはずです。
あなたは自分の自意識過剰傾向をちゃんと知らなくてはなりません。
あなたは自分の演技に説明を加えてしまっていたのです。

つらい事をいうようですが今まであなたの相手役をしてきた俳優たちはみんな同じように感じていたはずです。

最初は物足りないと感じるかもしれませんが、間違いなくあなたのリアクションは過多ですから、もっとスピーディーにダイレクトに演じてみてください。

相手のセリフに反応し同時にセリフを発すればいいのです。

すぐにその癖はなくなると思います。頑張ってください。


13.長ゼリが苦手
私は長ゼリが苦手で困っています。出だしはだいたい調子がいいのですが、だんだん自分の芝居が色あせていくのがわかり自己嫌悪に陥ってしまいます。何か克服方法があったら教えてください。
思い当たることがいくつかあるのでそれをお伝えします。

時々一部の俳優は長ゼリの情報の多さにしり込みし、自分のセリフに付随すべき具体的なイメージを作ることをなおざりにしてしまうことがあります。

もちろんイメージ作りの大切さは長ゼリ時に限ったことではないのですが、長ゼリの場合はセリフの長さの関係で、台本はやっと覚えはしたもののイメージの形成がおろそかになりやすく、セリフが自分の言葉になっていないということが起こりやすいのです。

(そもそも役作りでセリフの「音」を最初に覚えてからあとでイメージを吹き込むという方法に私は批判的なのですが、それに関してはまた別の機会にお話できればと思います。)

長ゼリの改善方法としてはまずセリフを自分が普段使っている言葉に言い換えてみるという方法をお勧めします。

セリフが正確でなくなったとしても全くかまいません。地方出身者の方なら自分の土地の方言、イントネーションで言ってみるのです。

実際やってみるとわかりますが、覚えたセリフの音を再現しているのみで、感情が伴わず自分のいいたいことが頭の中ではっきりしていない状態では途中でセリフが中断してしまうはずです。

誤解を恐れずに言うと役の表現に必要なのは具体的なセリフそのものではなく、思いや感情といったものなのです

セリフの暗記は正確だがそこに感情がないというのでは本末転倒というわけです。

そしてもう一つ。セリフの中に名詞が出てきた場合、いくら下手でもかまわないのでそれが具体的にどのようなものなのか、自分がイメージしているものを絵に描いてみてください。

絵に描くことによってイメージが明確になります。

試してみて下さい。あなたは演技中、その名詞を口にするにその物のイメージが浮かび演技がスッと楽になる感覚を感じるはずです。

イメージがセリフを引っ張る形においてはじめて俳優は心理的な緊張状態から解放されます。

私たちは日常その状態でコミュニケーションを行っているのです。

例えばあなたの小学生時代の家から小学校までの道筋を実際に今説明してみて下さい。あなたは頭に浮かんだイメージを言葉に置き換えて説明しているということに気付くはずです。

イメージが先行しないままセリフを言っても俳優はむなしい気持ちを感じるだけです。それではただ台本を声に置き換えているだけですから。

最後に、どうぞ長ゼリの途中でほかの役者の反応から影響を受け続けてください。

セリフを言うことにだけに神経を向けるのではなく、自分の言葉をほかの人物はどのような気持ちで聞いているのかにも注意を払ってください。実際私たちはそのように意識する生き物なのですから。

俳優は虚構を演じていながらそれが現実であるこという錯覚の中で安らぎを得ます。この安らぎを乱す要素は注意深くすべてはぎ取られなければならないのです。


14.リスクを負った演技
「ミスを犯さないような演技よりもリスクを負った演技の方がずっと面白い」と、先日行った公演の感想に書かれました。演技がこじんまりしてはいけないという意味かなと思ったのですが、意見を聞かせてください。
あなたが想像した答えでほぼ正解だと思います。

注意深く、ミスを犯さないように演じる俳優の気持ちも良くわかります。

70点で合格点をもらう方が落第点を取るよりはいいという気持ちに似ています。もちろんそんなふうに自覚しているわけではないでしょうけど。

「悪くはないのは自分でもわかっているけどどこか晴れ晴れとした気持ちになれない」そんなふうに感じたことはありませんか?

「ミスをしないように」という演技には思いつきや驚き、ハプニングと言うものが欠けています

それこそが演技にライブ感を与える素晴らしい要素だというのに。

観客や演出家の目を気にすることなく、自分を深く見つめ、自分を恐れずにさらけ出すことのできた演技はリスクを負った演技と言えます。

「こんなことして大丈夫だろうか? 自分の演技は受け入れられるだろうか?」という恐怖心から離れ、自分自身の内側までをさらけ出すのです。

そこには驚きやハプニングと言ったものが満ち溢れているはずです。

「この登場人物はこんなことはしないだろう、ここまではしないだろう」という消極的な考え方をやめ、「この登場人物だってこれぐらいするかもしれない」という積極的な考えで演技に望む方がいいのです。

確かに演出家にやりすぎだと言われる可能性もあるでしょうが、その場合、もう少し押さえた演技に変えればいいだけです。まあ、そんなふうに言われることもまれだと思いますが。

リスクを負った積極的な演技はオーバーアクティングな演技とは別です。

オーバーアクティングな演技をする俳優は自分の内側をさらけ出していません。さらけ出せない分、その不安が表面的なものを大げさにしてしまうのです。

リスクを負った演技をするということはあなた自身の殻を破ることでもあります。消極的な思いを離れ思い切った演技にどんどん挑戦してください。


15.役のキャラクター表現
演出家から言われた役のキャラクターを演じようとすればするほど「わざとらしい」と言われてしまいます。自分の役のキャラクターの取り込み方に何か問題があるのかもしれませんが見当がつきません。あせればあせるほど悪い方向へ行くようで、演じること自体に喜びを感じることができない状態です。ここから抜け出せるヒントがあれば教えてください。
演出家に、例えば「この登場人物のキャラクターはもっと怒りっぽいんだ」と言われると、俳優はどうしても表面的な形でいわゆる「怒りっぽさ」を表現してしまいがちです。

そしてその表面的な怒りっぽさはあなた自身の俳優としての個性を覆い隠してしまい、舞台上の役は実に面白みのないステレオタイプな人物に仕上がってしまいます。

では、もし演出家がこのようにあなたに言った場合はどうでしょう?

「例えば取引先の営業マンが10分到着が遅れただけなのに、自分の部下に、『そんな暇じゃないんだから待ってられるかと言って、もう出掛けた。』と伝えろと言い、ドアを荒々しく閉め、会おうもとしない男のような感じで演じてくれるかなあ」

さて、ここにはただ単純に「怒りっぽい」という以外のイメージがたくさん含まれています。そのイメージはあなたの想像力を強く刺激してくれるのではないでしょうか?

あなたは演出家がどのような「怒りっぽさ」を求めているのかをイメージできず、単純な「怒りっぽさ」でとりあえず取り繕おうとしてしまったのです。

厳しい言い方をすればあなたは舞台上で役として生きることよりも、演出家の要望をとりあえず満たすということに重きを置いてしてしまったのです。

もし演出家がただ「怒りっぽい」などという単純な形容詞を使う演出家だとしても、俳優はそれをより複雑で具体的なキャラクターに変換して演じる必要があります。

もしも自分の解釈に自信がない場合は具体的にどんな風に怒りっぽいのか、演出家とコミュニケーションを取りそれを理解する必要があります。

前述の怒りっぽい男は、物事をすぐ「勝ちと負け」で区別し、自分を軽く扱うような人物には常に感情的な態度で臨み、相手に屈辱感を与えようとする。またその分おだてられると非常に乗りやすく、プライドをくすぐられるとついついその気になってしまう。私ならそんな性格を想像します。

これはこの役の内面的な性格であり、これこそが役のキャラクターと言えるものなのです。

「怒りっぽい」というのはこの役のキャラクターの表面的に表れた断片でしかありません。

単純な形容詞で役のキャラクターを理解しようとすることをやめ、「このような場合にはこんな態度になる」というような具体的な態度を思い浮かべるようにした方がいいのです。

演出家に対して苛立ちを募らせても決していいことはありません。

また演出家の言葉にべったりと奴隷のような従い方をする必要もありません。

俳優は自分で具体的なキャラクターを作り上げそれを演出家に提案するのです。

それがお互いにとって創造的に作品を作り上げるより良い方法だと思っています。

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