6.演技が「嘘っぽい」と言われる/7.アトモスフィアを感じる?/8.行動のリアリティー/9.パブリックにプライベート?/10.セリフを台本のまま言うな!?

6.演技が「嘘っぽい」と言われる
俳優を目指して養成所に通っているのですが、演技をしようとするといつも緊張してしまうのか、自然な演技ができなくて、いつも「作りすぎ」とか「嘘っぽい」と言われてしまいます。これを改善するにはどうしたらいいでしょうか?
原因はいろいろ考えられますが、大きくいうと二種類の障害があるように思えます。

スタニスラフスキーは「俳優の仕事を妨げるものは未発達な身体か、あるいは自意識過剰、自信のなさ、間違った印象を与えてしまうことへの恐れ、といった個々の心理的な問題のどちらかに原因がある。」と言っています。

もしかしたらあなたの場合はこの両方ともが問題なのかもしれません。

この言葉の中の「自意識過剰」というのはなかなか手ごわいもので、なかなか退治できません。

逆に私からの質問ですが、あなたは演技をしている時、観客、もしくは演出家からどう見られているかを意識しすぎてはいないでしょうか、共演者の話す言葉や行動に集中できているでしょうか? 

この「見られている」「評価されている」という意識を軽減することが作りすぎの演技から抜け出す第一歩だと思います。

まずはじめの一歩として次回の稽古の時に共演者が今あなたに何を言っているのかに聞き耳を立て集中してみてもらえませんか。そして自分のセリフを言うことではなく相手の言葉を理解することに意識を傾けてください。

二人一組になってするエチュードなどはいい訓練になると思います。

くどいようですが自分がセリフを言うことよりも他の人のセリフを聞くことに注意を向けるのです。

演技と言うとつい能動的に見えるもの、動きやセリフといったものを思い浮かべがちですが、実際は相手を観察する、相手のセリフを聞くといった受動的に思える態度でのぞむほうがずっと良い結果が得られるはずです。

俳優は積極的に聞き、影響を受け続けるのです。

これは演技の基本です。
 


7.アトモスフィアを感じる? 
演出家から「まずアトモスフィアを感じろ」と言われました。アトモスフィアというのは雰囲気のことだと聞いたのですが、まだピンと来ません。詳しく教えていただけないでしょうか?

どういう意味でピンと来ないのか、良くわからないのでもしも私の答えがピントの合わない答えでしたらすみません。

アトモスフィアというのは確かに雰囲気とか空気といった意味です。

思い出してください。
例えば中3の時のあなたのクラスと隣のクラスは建物の造りは同じでも、あなたがその部屋に入った時感じる雰囲気は全く違っていたはずです。
人が作り出す雰囲気もあれば建物がかもし出す雰囲気もあります。
古いお寺、新しくできたばかりのショッピングモール。
夏の海と冬の海というように季節によっても雰囲気は変わります。

ここで大切なのは漠然としたイメージを思い描くだけで満足してしまってはいけないということです。具体的な「冬の海」をイメージできてこそ、そのアトモスフィアはあなたの演技を支えるのです。

そこで私はいつも生徒に取材することを勧めています。

砂浜の海岸が舞台なら実際に砂浜の海岸に行ってみるのです。
そこでは何も考えなくてもオーケーです。ただそこにいて、ボーっと観察し、五感にそのイメージをしっとりと染み込ませるのです。
頼ることのできるイメージを得た役者は急に演じることが楽しくなる
はずです。

試してみて下さい。

まず今あなたがいる部屋から出ましょう。
そして外であなたが今度演じる役のセリフを言ってみて下さい。
恐らくあなたは五感に生きたアトモスフィアを感じ、あなたのセリフは今までとは全く違ったものになったを感じるはずです。
それほどアトモスフィアの与える影響は大きいのです。

「まずアトモスフィアを感じろ」という言葉の中で大切なのは、「アトモスフィア」という聞きなれない言葉の方ではなく、「まず感じろ」という言葉の方ではないかと私は思います。
ただ感じるだけではダメなのです。ちゃんと感じなくてはいけないのです。

それも演技を始める前に「まず」感じるのです。



8.行動のリアリティー
演技の先生から「君の演技は行動のリアリティーに欠けるんだよな」と言われました。私自身はリアル感を出そうときめ細かく想像しているつもりなのですがどこに問題があるのでしょうか?
この質問をそっくりそのままその先生にぶつけた方があなたにとっていいんじゃないかなと思うのですが、どうでしょう? その先生もその方が嬉しいと思いますよ。少なくとも私ならそう思います。

でも、質問は面白い質問なので、一応、私の意見をお伝えします。

「行動のリアリティー」という言葉を使ったのはアメリカのネイバフットプレイハウスという演劇学校の演技教師、サンフォード・マイズナーという人で、私も彼の教えに大きな影響を受けた中のひとりです。

彼の生徒の中にはグレゴリー・ペック、ロバート・デュバル、ジョン・ボイド、ジョアン・ウッドワード、ダイアン・キートン、グレース・ケリーなどがいます。

彼は演技とは「想像上の状況に真実に生きる能力」だと言い、それに関連し、舞台上で俳優が何かをするのは何かそれをする理由がなくてはならないと教えました。

あなたが公園でベンチに座っている人を見かけたとしましょう。
その人は何も理由がなくそこに座っているわけではないはずです。
歩き疲れて一休みしているか、誰かとそこで待ち合わせをしているか、もしかしたら崇高な哲学にふけるためにそうしているのかもしれません。
いずれにせよ何か理由があるはずです。

ところが演出家に「そのセリフが終わったら上手のベンチに座って下さい」と言われた俳優は時として理由がないまま、ただ演出家に座れと言われたからという理由で座ってしまうことがあります。

これは、理由がないのに行動を起こしているという状態であり、「想像上の真実に生きる」とは正反対のいわば「嘘をついている」状態ですので、その俳優の心理、身体には必ず緊張が伴います。
そのような状態で自由な演技ができるはずはありません。

舞台上に登場しているからには何らかの理由、原因、動機が伴わなくてはならないのです。

それともう一点。
それが稽古であろうが本番であろうが、あなたはいったん舞台に立ったらリアル感を出そうと注意を払い、その場で何か想像を巡らそうなどとしてはいけません。

注意を払ったり、想像を巡らすのはあなた(俳優)であって登場人物ではないからです。

登場人物は演出家や観客のために行動することはありえません。
登場人物が演じることはありえないのです。


あなたは舞台に一度立ったら、ただそこで行われていることに集中するのです。

そして今舞台上で起こっている出来事から影響を受け続け、その場を生きるのです。


9.パブリックにプライベート?
スタニスラフスキーの言っている「パブリックにプライベートであれ」という言葉の意味を教えてください。
簡単に言うと、公共の場(劇場の舞台)においても俳優の演技(役としての行動)は個人的でありなさい、という意味です。

スタニスラフスキーは、俳優は観客の視線にさらされると、もしくはそれを想定するだけでも自意識過剰や恐れといったものに引き込まれやすいということを知っていました。

俳優は人前に立つと、つい「自分をうまく見せよう」とか「欠点がわからないようにしよう」または「自分の優れているところを見てもらおう」といった気持ちを持ってしまい、

本来、役として生きるべき世界から離れてしまいがちなのです。

そこでスタニスラフスキーは俳優に舞台上の出来事に集中し、観客の存在に影響されない技術の習得を求めました。

そこでのモットーのようなものが「パブリックにプライベートであれ」という言葉なのです。

俳優は役の行動を自分自身の経験に即して追体験し、自分にとって信じられるものにすることにより、

役者自身が舞台上の演技に集中し、役として個人的に生きることができるようになります。

その時俳優には「見せている」という気持ちが全く存在しません。

スタニスラフスキーはこうも言っています。「俳優が自分ではなく役を生きる時、俳優は全観客を征服することができる。」

俳優は舞台上で役としてプライベートに生きることができるのです。


10.セリフを台本のまま言うな!?
現在稽古中の作品の演出家に「セリフを台本のまま言うなよ!」と激しく言われ続け、かなり滅入っています。セリフの語尾とかを自分なりに配役に合わせ変えて言ってみたところ「お前、何やってんの?」とさらにきつく言われてしまいました。もうすでに一人配役を下ろされているので僕もこのままでは間違いなく下ろされそうです。どうぞアドバイスをお願いします。
うーん、その演出家はちょっと意地悪な気がしますねえ。
まあ、彼の真意が測れないので安易に断言はできませんが…。

役者を自分の手下のように軽々しく扱う演出家が時々いますが、そのような演出家は勘違い野郎であることがほとんどです。
作品と演出家、俳優の関係がわかっていないのです。

まあ、その件は置いておいて本題に行きましょう。
結構辛そうなのでいつもなら言う「他の演出家の言葉の真意なんかわかりません!」なんていういやみも今日は言うのをやめときます。

さて、はっきりとは言えませんが「セリフを台本のまま言うな」というのはそのセリフを言う役の感情の動きをちゃんと感じてからセリフを言え、ということだろうと思います。

いいですか? 考えるのではなく感じるんですよ! 
ここではこうしようなどと考えていてはいけないのです。

あなたはセリフを言う時、頭の中に台本そのものや台本の字を思い浮かべながら言う傾向があるのではないでしょうか。

セリフを機械的に丸暗記することは役者の感情的エネルギーを確実に後退させてしまいます。

きっかけと同時に自分に割り当てられたセリフを機械的に繰り返そうとすることにより、あなたの感情は何も動かないまま、ただ動いている「フリ」の演技を伴って表現されてしまうのです。

この状態を克服するために私はこのように教えています。

まずセリフをあせって言うことのないように、とりあえずゆっくり言ってください。

相手にセリフを返さなければならない場合も相手のセリフをしっかりと受け入れから慌てずゆっくり自分のセリフを返すようにします。

私がここで何をやってもらいたいのかと言うと、
先ほど言った「機械的」に返していたセリフを感情の伴ったセリフに変えて欲しいのです。

もしできれば相手の役者にセリフを言ってもらい、あなたはセリフ返すことをせずに、ただ自分の感情が動くのをじっくり味わう、という訓練を何度か続けてみてください。

これは決して適当にやってはいけません。さらにさらにと、明確な感情の動きが感じられるまで行うのです。

そのうちあなたはセリフを言いたい衝動に駆られ、その後自分のセリフを発した時、あなたははっきりと満足感に似た気持ちを感じるはずです。

未熟な役者は台本に書かれた「セリフ」そのものに重点を置きすぎる傾向があります。そしてそれに縛られてしまいがちです。

確かにセリフは重要です。しかしそれよりも重要なものがあります。それは役であるあなたの感情です。

俳優は書いてある台本のセリフを観客に伝える伝言係ではありません。

感情を表現することの方がセリフをただ発することよりもずっと重要なのです。

そして感情に言葉と行動が合わさった時、役はその空間に一人の人物として生き始めるのです。

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